< 基礎的分野として > 感覚を研ぎ澄まし、”芝居”と”演技”の違いを知る
1.呼吸 ・・・ 俳優に限らず、何をするにもリラックスが大切なのは当然ですが、私達の"演技"に
於いては殊更重要なカギとなります。勿論、無神経 (或いは鈍感) なリラックスでは
なく、繊細かつ敏感に[覚醒]する為のリラックスです。薬物や酒の力を借りるまでも
なく(自力で覚醒し)、才能を発揮できる者こそが "真のアーティスト"である、という
のが私共ネイキッドの信条です。 [呼吸] と [リラクゼーション] の密接な関係は当然
の事ながら、俳優が役を演じる際に"役として呼吸する事"が最も重要であると考える
私共の演技理念から申し上げるならば、一般的(いわゆる紋切り型の)演技教師が
教える様な [セリフを上手に言うの為のブレス] などは正に"言語道断"なのです。
2.浄化 ・・・ 与えられたシチュエーションやキャラクターを素直に取り込める繊細な媒体に
成れる様、個々の癖・問題点を洗い流し,感性・認識を[芯]から磨き直します。
3.感受 ・・・ それらしい振りやセリフで説明するだけの "芝居"と、シーン(シチュエーション)を
本当の事として[感受]し、本当の感覚で [反応] する "演技" の根本的な違いを
身体で認識します。
4.本質 ・・・ [人間]を演じ[役]として存在できる本物の俳優として、現実の日常から[演技の
本質]すなわち[人間 の本質]を探ります。
5.真実 ・・・ 実生活で[嘘]をつける人・[本音]で生きていない人は演じる時もつい[振り]を
してしまったり、真実味の無い声で[言霊]でなく[セリフ]を言って しまいます。
人にも自分にも正直に生きる事が演技につながるのは明らかで、芝居(振り)癖の
ついた役者さんよりも、常に自然体・本音で生きている真の音楽家や舞踊家の方が
真実味ある演技をするのは当然です。「臭い芝居」とは正に「嘘臭い」ということ.。
< 実践的分野として > 技術のみならず、プロとアマの違いを知る
1.責任 ・・・ TV・映画・舞台、それぞれの現場システムに於けるオーディションからリハーサル・
本番までの各段階・状況でベストを尽くすための[準備][集中]、そして、あらゆる
意味での[プロの責任]を極めて具体的に認識します。
2.客観 ・・・ どんな職業に於いても「独りよがり」や「勘違い野郎」では”仕事”に成りませんが、
”被写体”である我々の仕事に於いては殊更に [客観性] が重要です。
3.通用 ・・・ いわば全国区である映画等で[通用]する人・しない人の差とは何なのか?或いは
オーディションに受かる人・受からない人の決定的本質を明らかに解きます。
*因みに・・・以前、(このページを観た)ある役者さんから「オーディションに受かる
コツって何ですか?」と聞かれましたが、・・・そんな低次元の話ではありません。
4.貢献 ・・・ 作品に [貢献] することがプロの使命であると私共は考えます。悪い例としては
「自分がもっと映りたい、目立ちたい、褒められたい」 などという様な役者サンは、
そんな [エゴ] や [素人根性] が仇となり、ろくな演技が出来ません。目的意識や
集中がとんでもない方向(役ではなく素の自分)に向いているのですから当然です。
5.結果・・・ ネイキッドでは、既にプロとして現場に出ているメンバーが出演を控えている際、
その作品に向けた役づくり・自主リハーサルに対し全クラスを挙げてサポート体制を
執ります。そして、どの様な準備・集中で仕事(実際の現場)に臨むのが [作品] に
とっても [俳優自身] にとっても [良い結果] を生むのかを当事者本人は勿論の事、
その準備・練習に立ち会った周囲のメンバーも確信してゆきます。
< 総合芸術家として > オールマイティーを(当然の如く)極める
俳優(特に男優)にとって"殺陣"は必要不可欠と言っても過言ではありません。更には海外の
作品でも通用し得るグローバルな俳優を目指す者にとって"英語"が苦手では話になりません。
また更に、歌・楽器演奏・洋舞・日舞などが必要になる場合もあります。つまり、俳優は何でも
出来る(オールマイティーな)総合芸術家でなければならないのです。この様な視点から私共
ではレギュラーコース(一般演技クラス)に加え、各自自由選択によるオプションコースを設け、
当ユニットの方向性・可能性・総合性を更に幅広く活かしたいと考えています。
|